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カテゴリ:千北 正( 15 )




『6坪でも豊かな空間 ―塔の家― 』

T&Wで意匠デザインを担当しております、チーフデザイナーの千北 正(チギタ タダシ)です。

今回紹介させて頂くのは、4年前に81歳で他界された、建築家 東 孝光 先生が設計された自邸兼事務所である『塔の家』です。東京・神宮前のキラー通りに建てたこの都市型住宅は、「狭小住宅」の先駆けとなった、先生の出世作です。 

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建築家 東孝光(あずま たかみつ、1933920日 ~2015618日)

1933年大阪生まれ。大阪大学工学部構築工学科を卒業後、郵政省建築部、‘60年に坂倉準三建築研究所入所(1966年 新宿西口広場の実施設計・監理で参画)を経て、1968年に独立。1985年大阪大学工学部環境工学科教授に就任。1995年「一連の都市住宅」で日本建築学会賞作品賞を受賞。大阪大学退官後19972003年、千葉工業大学工業デザイン学科教授。大阪大学名誉教授。2015年肺炎で死去(享年81)。先生のトレードマークの青シャツは、大変印象的で、今でも鮮明に思い出されます。

先生の主な著書には、『日本人の建築空間』(彰国社、1981年)、『都市住居の空間構成』(鹿島出版会、1986年)、『「塔の家」白書』(住まいの図書館出版局、1988年)、『都市・住宅論』(鹿島出版会、1998年)などがあります。


今回のブログ更新のきっかけとなったのは、昨年201811月の朝日新聞朝刊のリレーおぴにおん「ちっちゃな世界」に記載された、東孝光 先生の長女で、建築家の東 利恵さんの記事を読ませて頂いた事です。見出しは、6坪でも豊かな空間「塔の家」、と題されていました。
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建築家 東 利恵(1959年大阪生まれ. 1982 年 日本女子大学家政学部住居学科卒業. 1984 年 東京大学大学院修士課程修了. 1986 年 コーネル大学建築学部大学院修了. 現在 東 環境・建築研究所 代表取締役)

http://www.azuma-architects.com/

東 孝光 先生は普通の家として造ったそうですが、当時は「実験的な住まい」として高く評価を受け、「狭小住宅」の代表的建築として『塔の家』と呼ばれるようになりました。
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当時は、周囲に高い建物が少なく、塔のようだったのでしょう完成から40年以上が経つ建物でありながら 現在も見学者が後を絶たないほど、建築史上において多くの建築・建築家に影響を与えた建物の一つとして知られています。玄関を除けば、トイレも浴室も含め扉が一切なく、間仕切りもない。吹き抜けで開放的な空間設計が狭さを感じさせず、都心に住む醍醐味を満足させ、東孝光 先生の師である坂倉 準三 先生の師であった、ル・コルビュジエ(建築家 1887-1965)の主張する「新しい建築の5つの要点(ピロティ上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面)(近代建築の五原則)を踏まえている、とも言えましょう。
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この『塔の家』は、各階が1層1室なので、視線は遮られています。その分、階段を上がる音や、階下からの話し声など、音が人の気配を伝える重要な役割を果たしていたそうです。

201895日にYouTubeに「塔の家」を東孝光 先生の長女で、建築家の東 利恵さんがナレーション(中国版で、映像下部のテロップの日本語訳に直訳誤字等がありますが、気にしないでください。)された動画が公開されていますのでご覧ください。
https://youtu.be/xasKnR95r4g 
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私自身も、50年数年以上も前の事になりますが、小学校低学年の頃に住んでいた、長崎県平戸市の父親の実家(自宅兼店舗併用工房)の事を思い出します。この実家の木造2階建の町家は、かつて置屋(おきや)として使われた所をリノベーションしたものでした。 当時、芸者さん送迎用の人力車が残されていたのを思い出します。狭い間口に対し奥行きが深く、通り庭(土間)を介し、坪庭(苔庭)へ張り出した縁側の下には、金魚が泳ぐ池が配されていました。通り庭(土間)の上部は吹き抜けになっており、最上部の天井には小さなトップライトがあった町屋でした。その祖父は京都で修業を積んだ、仏壇・仏具の制作をし、漆職人でした。
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通りに面する町家は主なる玄関もなく、表の商店(仏具店)入口から裏口へアクセスできる通り庭(土間)と、その上部の吹き抜けは、上下階を介して、早朝から祖父母や両親が土間を歩く音や、通り庭(土間)を介して、隣近所の来客との話し声や、使用人の作業等の音が、日常生活の「音の気配」が思い出されます。

             
都心の狭い敷地にどのように住まおうかと考えたとき、町屋が建てられるほど広い敷地ではありません。そこで建てたのは、『塔の家』と呼ばれるものでした。町屋の構成と違いますが、縦(上部)にながい形の住宅にしたのです。町屋の空間構成と同じです。全体を縦に起こし、動線となる通り庭(土間)の部分を階段室とすればよいのです。「平面図」としてではなく、「断面図」として読めば、このようになることが分かります。
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『塔の家』では、日本の伝統的都市住宅である町屋の空間構成を用いて、現代の、さらに悪化する都市条件に合わせて都市住宅をつくったのだと言えるでしょう。結果、この『塔の家』は、階段が視線を遮り、プライバシーを保っています。現在の住まいは、扉を閉めてしまうと、人の気配を感じません。この『塔の家』の良さは、小さいとか狭いとかと言う感覚とは異なるような気がします。空間とは小ささや狭さで豊かさを失うのではなく、「豊かな空間」であれば、2次元的な広さは意識しないのではないかと思うのです。その意味で、この『塔の家』を通して、豊かな空間とは何かをあらためて気づかされた次第です。


私共T&Wが扱う都心の狭小地、変形地に設計・施工する住宅も、「都心に住まう狭小住宅を豊かに住まう」をテーマに2次元の平面的間取りも大切ですが、3次元の縦割りを意識した断面の立体的プランづくりを大切に、設計・デザインに活かしてゆきたいと思っております。


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by tandw | 2019-02-20 23:27 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『増沢 洵 「自邸―最小限住居」という選択肢』   

T&Wで、住宅設計のチーフ・デザイナーを担当しております。千北 正(チギタ タダシ)です。

今回は、増沢 洵 先生の「自邸―最小限住居」をご紹介させて頂きます。 
               

「最小限住居という選択肢」 生活に必要なものがコンパクトに納まった、住宅デザイン。
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・設  計 増沢 洵 (ますざわまこと|1925-1990)

・建築年 1952(昭和27年)竣工 
・規  模 建築面積(9坪) 延べ15坪(49.58㎡) 
・所在地 東京都渋谷区大山町


「この家には玄関が無い」
住居史から観れば、民家型の住居形態(形式より実質)であろう。
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この昭和を代表する建築家 増沢 洵 先生による狭小住宅の代表作『吹抜けのある家-最小限住居』を紹介したいと思います。

私(千北)が生まれた65年まえ、建築家・増沢 洵 先生が、26歳の若さで、渋谷区大山町に自邸「最小限住居」を設計・建築した。

・1925年 増沢 洵、東京に生まれる。

・1947年 東京帝国大学工学部建築学科を卒業。
・1947年 レーモンド設計事務所に入所。


レーモンド設計事務所に勤め始めて半年。当時なかなか当選しない金融公庫の融資に当選したのがきっかけで、自宅の設計を開始。設計期間2ヶ月、工事期間3ヶ月のスピードで19523月に竣工。19527月号の建築雑誌「新建築」に、「最小限住居の試作」の名称で掲載された。

関連画像  
 
その当時は金融公庫の融資の上限が60㎡で、「最小限住居」の名称が付いてはいるが、比較的大きな住居であった。このころの住宅が、平家の住宅が多かった時代に対し、吹抜けのある2階建ての空間構成。12本の丸柱の構造、大きな開口部には鉄筋の筋交い、水洗トイレ、キッチンなどは最新設備、ワークスペースと家事コーナーがあった。タタミ室はなかったが、「和の雰囲気のあるモダニズム建築」。3坪の吹抜けを介して、「公」と「個」を立体的に仕切っている。 

        

■増沢 洵というひとりの建築家が、この「最小限住居」で実現したかったことは。 
デザインコンセプトは、正直さ、単純さ、直截さ(まわりくどくない)、経済性です。

当時、「個人住宅」は「一定の高所得者層の所有するもの」とされていたなか、若い夫婦(家族)でも棲むことのできるようにと「規格寸法にこだわりをもち、良質(居心地の良い)で飾りのない(素のまま)」住まいをつくろうと考えた。増沢 洵 先生の「最小限」にして「最大限努力」されたコンパクト住宅である。まさに、現在の「狭小・スケルトン住宅」の原型を、感じさせます。 



■この住居には、「新しいライフスタイルを求める強い意思」「斬新な工夫」が詰め込まれた。

増沢 自邸の平面計画では、全体の構造的関係の単純化をはかり、市場品部材の定尺等を考慮してプランを3間×3間の正方形としている。(下の図面)


屋根は、小屋組を用いず棟木(ムナギ)から軒桁(ノキゲタ)にかけた棰(タルキ)がそのまま 構造材となり、屋根材料を鉄板葺きにすることにより、通常の建物よりも屋根の重量を軽くすることを配慮し、最小限の材料で必要な構造耐力を保った。(下の写真) 
「最小限住居」の画像検索結果https://ord.yahoo.co.jp/o/image/RV=1/RE=1529863239/RH=b3JkLnlhaG9vLmNvLmpw/RB=/RU=aHR0cHM6Ly9pLnBpbmltZy5jb20vb3JpZ2luYWxzLzBlLzgyLzI0LzBlODIyNDI5MGZlMTgzYmNlNGRhZTI2MWQ5OTAyNjk2LmpwZw--/RS=%5EADBcRxe4FKFxvRjrBvA3yFPpwCl168-;_ylc=X3IDMgRmc3QDMARpZHgDMARvaWQDQU5kOUdjUTJRX3NQTEVUQ1dxT0VKenp6MWg2LU9QVDZ0d1piQUF5dEg4NGFCczZXVXFFNHp1TzEtamlaRkZXbwRwAzVhS1g1cktpNXJTMTQ0R3U1b0d2NWEyUQRwb3MDMzEEc2VjA3NodwRzbGsDcmk-2──「柱展」で再現された《最小限住宅》の軸組 出典=『九坪の家』



■この最小限住居は、「5つのデザイン原則」が凝縮されていることが解る。
汎用性と美学平面は正方形(3x3間)のプランとする(※3=5.5m)。

空間の連続性3坪の吹き抜けを設ける

単純性・合理性外形は14.8尺の切妻屋根(※14.8=4.5m)。

構築性・柔らかさ丸柱を使う。

比率・内外の一体化メインファサード(建築物の正面部分)には開口部を設ける。
昨今、以上のデザイン原則は、これからの住居に多くのヒントが込められ、現在の魅力ある「リメイクデザイン住宅」として、多くのデザイナー・建築家がデザインに反映(カバー)させている。



■そして、この住居は、住まい手に委ねられた「余白」を喚起させる住居でもあった。

スケルトン(構造・骨格)とインフィル(設備・仕様)を分けることにより、住まい手を主体として意識し、自由さを得る事が出来る。それは、まさにスマホやパソコンにも似た、アプリを意識した、(不適切な言葉かもしれないが、)「カスタマイズ住宅」である。お仕着せを感じさせない、これからの住居形態の一つの在り方であろうか。



最後に、当時の増沢 洵 先生の仕事の特徴を記した備忘録を紹介しよう。

・無理をせず、無駄を出さず、余計なことをしない

・簡単に手に入る安い材料をそのまま使う

・製品の寸法を尊重し、無駄を出さない

・少ない材料でつくる

・難しい技巧、手の込んだ仕事を避ける

・大壁、フラット天井、トラス構造。素地の美しさを評価(レーモンド的)

・ローコストだが格調高く気品がある

・生活に対する柔らかな目差しが感じられる

・科学的、工学的設計法。構造設計者と協働、採光率、断熱・結露計算もした




①技術に裏付けられたセンスある二世帯注文住宅ならティーアンドダブリュー
②「タイルのもつ魅力」を、建築家とデザイナーのセンスで魅せる注文住宅ならティーアンドダブリュー
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by tandw | 2018-07-01 02:43 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『芸術家としての意匠が、住まいの細部に生きる朝倉彫塑館』


― 彫塑家 朝倉文夫 設計の西洋建築と日本家屋が調和・融合した空間意匠と造形―


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 T&Wで住宅の意匠デザインを担当しております、チーフデザイナーの千北 正(チギタタダシ)です。時節は芸術の秋ともなり、今回は()朝倉文夫 先生の自宅兼アトリエであった、朝倉彫塑館を紹介させて頂きます。
 先月の平成29930()に、北区滝野川のお客様のお宅の敷地・環境調査が午前中で終わり、巣鴨駅構内のレストランで昼食をとるなか、ふと近くの北区中里にある母校の高校時代(聖学院)の事を思い出したのでした。近頃、年を重ねてきたことで、思い出話ばかりですみません。それは、今から40数年前の、高校3年生の美術の授業の思い出です。私は美術デザイン系の大学に進学希望でもあり、高校2年まで美術の選択科目をとり、結果、高校3年まで美術の科目をとることになりました。たまたまそのクラスは、美術、書道、音楽の選択科目をとりつづけたもので構成されたクラスで、自称「芸術クラス」と勝手に皆で呼んでいました。担任の先生も、美術科主任の曽我英吉(ソガエイキチ) 先生(東京美術学校。現東京芸術大学美術学部絵画科 卒)でした。その選択科目の高校美術の授業では、毎週の実習の授業のなかに、月一回の校外授業があり、都内の美術館や、展示・展覧会等に連れて行ってもらった思い出です(毎月楽しみでしたが、毎回感想レポート提出でしたが・・・)。
 それが、当時高校生の頃、校外授業で見学させて頂いた「朝倉彫塑館」(台東区谷中:JR日暮里駅西口より徒歩3分)でした。そして、以前のブログでも紹介させて頂きました、()建築家ル・コルビュジエ(仏:18871965)を知ったのもこの「朝倉彫塑館」でした。


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 当時、高校3年生の見学の際、館内を案内説明して頂いた方(朝倉彫塑塾の門下生で担任の曽我先生の友人)が、アトリエ棟のコンクリートの「打ち放し」や、「屋上庭園(菜園)」の説明の際、フランスの建築家ル・コルビュジエの話を付け加えられて説明されたことでした。朝倉文夫先生とル・コルビュジエ(18871965)は、ほぼ同世代です。

朝倉文夫 (18831964)先生は、明治から昭和の彫刻家「彫塑家」です。

号は紅塐(コウソ)。「東洋のロダン」と呼ばれました。

 当時、朝倉先生は、彫塑家でありながら、「アトリエ兼住居」(現:朝倉彫塑館)の設計を自ら手掛け、自分の独創でやる方針で(技術や材料に関してはどんどん取り入れ)形式は全く自分の気儘な線を方眼紙の上に引きながらの設計と監督をし、大工(棟梁:小林梅五郎は、朝倉先生と意気があった8人目の棟梁)や造園、銅板葺きなど、当代の名工が集まって技術の粋を結集して建てられました。そうして、8回におよぶ増改築の後、昭和3年(1928)から7年の歳月をかけ、昭和10年(1935)に、現在の形となりました。

その建築は、当時としては、本来異質であるはずの「西洋風建築:鉄筋コンクリート造」と「和風建築:木造数寄屋造り」の相反する要素が、違和感無く調和・融合し、中庭「五典の水庭」との一体感にまで配慮した独特の空間意匠と造形美が追求されています。
 先日、40数年ぶりに見学した際、多くの海外の見学者も廻覧しており、住居棟の1階の和室「寝室の間」の畳に腰を下ろし(正座して)、日本人の生活目線に合わせつつ、中庭の水庭を観賞する姿が印象的でした。

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 朝倉先生の記述として残ってはいませんが、「五典の水庭」と呼ばれた中庭は、儒教の五常の教えを造形化した、朝倉哲学が盛り込まれていると思われます。

その中庭に浮いているように配置された丸みをおびた5つの大きな海石は、自己反省を託した「仁・義・礼・智・信」に象徴されています。その内容は、

•仁も過ぎれば弱(じゃく)となる

•義も過ぎれば頑(かたくな)となる

•礼も過ぎれば諂(へつらい)となる

•智も過ぎれば詐(いつわり)となる

•信も過ぎれば損(そん)となる

私の勝手な感想ですが、人間はその生き方に狂いを生ずると迷いもまた多くなり、ものの本質を見極めにくくなることを意味している事なのでしょうか。

また、庭の植物は白梅や山茶花(さざんか)の白い花が占める中、一つだけ百日紅の紅が配置されており、朝倉先生の美意識もうかがえます。また、大きな鯉が泳ぐ池の水は、自然の湧水を利用した日本的で潤いある空間です。

アトリエ棟はコンクリート造で、外部は男性的な荒々しいコンクリートの打ち放しのテクスチュアーを残したままで、墨色のコールタールが全面に塗りたくられたという外装。屋上は、当時としては珍しい「屋上庭園(菜園)」が配されています。そこには、ラベンダーの花や、2本のオリーブの木(当時、朝倉先生自身が植えた)が植えられています。また、その屋上からは、現在は遠くにスカイツリーをみる事もできます。当時すでに、エコな「屋上緑化」が実現されています。

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 また、朝倉先生の作品が展示されているアトリエ棟内部の床面(床面積175㎡:約53坪)にあるピットには、床から地階7.3メートルに電動(大型モーター)の昇降制作台が設けられ、床に立ったままでの制作活動がし易いよう、独自に考案したものです。改修後の現在は、昇降できるように復元されており、実際に昇降を見ることができます。

 そして、3層まで吹き抜けになった、天井高8.5メートルのアトリエ内部は、創作環境として、北側からの安定した自然採光として、ハイサイドライトが大きく配されています。天井や、壁面の入角部分には曲面が用いられ、彫塑を観る際に不要な縦線が背景に出ないように配慮されています。壁と天井のコンクリートの打ち放しの上には、真綿が塗布されており、光・音・温度等を配慮した仕上げが施されています。


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又、アトリエに併設された天井高4メートルの書斎の書棚は、天井まで洋書や医学書(解剖学)等を含め、3万冊を優に超えた膨大な蔵書です。当時、朝倉先生は、自分の娘2人を(長女:舞台美術家・画家の朝倉摂(摂子)と次女:彫刻家の朝倉響子)、自宅の膨大な蔵書に囲まれた書斎で、学校へ通学させず、自ら子供たちを教育したとのエピソードを、当時の館内を案内して頂いた方から伺ったことを思い出します。

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 明治から昭和の日本彫塑界をリードした彫塑家・朝倉文夫(18831964)先生のアトリエ兼住居であった「朝倉彫塑館」が、「旧 朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定されたことを受け、築80年ほどが経過し老朽化が進んでいたことから、20083月に(朝倉先生の最晩年にあたる昭和30年代後半)当時の建物・庭園の復原を目指し、工事が行われました。 そうして、200911月から4年半に及ぶ「レトロフィット」と言われる保存修復と、耐震改修工事が201310月に、約6億円をかけて終了しました。
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朝倉先生が57年間にわたって住み、自らの創作活動と後進の指導の場(朝倉文夫彫塑塾)として使い続けた同館。その建築は本来異質であるはずの西洋建築と和風建築の要素が、違和感無く調和・融合し、「中庭」との一体感にまで配慮した独特の空間意匠と造形が追求されています。朝倉先生の没後、本人の遺志を受けて、現在でも一般公開されています。

今回、私自身が40数年ぶりに改めて見学してみて、朝倉文夫 先生は、彫刻創作へのこだわりに留まることなく、自ら設計したアトリエ兼自邸と中庭の水庭の隅々細部まで、こだわり創り上げた空間や素材の取り合わせを含み、彫刻(彫塑)作品とともに、その価値あるものに、一層深い感嘆の美を強く抱いた次第です。そして、朝倉先生は、いくつになっても、何事にも創作家として、独創性と探究心旺盛で、内面から迸る真の美しさを追求する姿勢と、教育家としての謙虚さを有した、教え育む姿勢に、尊厳と敬愛の念を抱く次第です。そして、朝倉先生は「猫」をモチーフにした作品が大変多く、その温かい「愛猫家」としての人柄がうかがえるのでした。

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 今回このブログを更新している際に気付いた事があります。私は高校を卒業後、日本大学藝術学部(日藝)美術学科入学しました。その際、美術学科の主任教授で学科長であったのが、(故)柳原義達 先生でした。柳原先生は日本を代表する彫刻家で、朝倉文雄 先生に師事した弟子です。日藝時代、美術棟1階吹き抜け奥のアトリエで見受ける柳原義達 先生は、背が高く、いつもジーンズ姿で、何か強面の印象が今でも思い出されます。何が縁であるかわかりませんが、不思議な関わりでつながっていること、出会いというものに活かされていることに気づかされた次第です。

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by tandw | 2017-10-22 19:57 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『社員研修』を通して新たに教えられること。

T&Wでチーフデザイナーをしております 千北 正(チギタ タダシ)です。
数年前から、戸建注文住宅のエクステリアデザイン(外観)、インテリアデザイン(内観)のイメージスケッチ表現の実習指導を、住宅会社の「社員研修」で講師をさせて頂くなかで、多々教えられる事があります。
私は、かつて東京目黒にある建築・インテリアのデザインを専門とした学校(ICSカレッジオブアーツ:旧インテリアセンタースクール)で、学生へデザイン表現実習指導を20年以上経験してきましたが、住宅会社で設計実務を行っている方々への即戦力指導には、大変に緊張しました。
その研修先で、よく紹介させて頂くのが、下記のフランク ロイド ライトの「落水荘」のプレゼン用のデザイン画です。
世界の歴代の建築家や、デザイナーたちは、スケッチ等が上手な方を多々見うけます。住宅デザイン等のアイデアスケッチで表現した例も多く、私が感動した作品に(下記、社員研修でも紹介した)、フランク ロイド ライトの「落水荘」の外観イメージスケッチ(トレーシングペーパーに色鉛筆表現)は、お施主様への感情移入が強く打ち出され作品で、学生時代から大変感動し、大きな影響(表現技術)を受けた作品の一つです。この「落水荘」は、アメリカの偉大な建築家の一人、フランク・ロイド・ライトが設計したカウフマン邸として、1936年にアメリカ合衆国のペンシルベニア州に建てられました。滝の上に建物がせり出しているところから落水荘(Falling water)と呼ばれています。自然と融合するかのような美しい建築です。
逸話として残っていますが、落水荘(falling water)の建主は実業家エドガー・カウフマン。当時のアメリカのデパート「カウフマンズ」のオーナーでした。建主のカウフマンはこのスケッチを一目見るなりライトに不満をぶつけた。「滝の上に家を建てるなんて聞いたことがない。私が建てて欲しいのは滝を眺める家だ。」ライトは云った。「そんなことを云っているようでは、あなたはこの建築に値しない。」カウフマンは押し黙ってしまった。周りはどうなることかとハラハラするばかり。するとライトは諭すように云った。「カウフマンさん。滝を眺めるのではなく、 滝と共に暮らすのです。」ライトの頭の中には既に滝と共に暮らす家族の物語が出来上がっていたのでしょう。それにしても建築家がここまでのパースが描けるとは驚きです・・・。
余談ですが、この建物は、福山雅治 キユーピーCMのキユーピーハーフ TVCM 「サラダはクールだ」でも背景に使われた住宅です。
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       ▲「落水荘」のライト直筆の外観スケッチ    ▲現存の「落水荘」外観写真

設計段階でのデザインのイメージを相手に伝える手段には、現在ではCAD・CGは勿論ですが、アイデア段階のデザイナー自身の手描きのスケッチ(パース)は、お施主様とのイメージの共有と、これからの打合せに、更なる親近感を与えることは間違いありません。私は日頃の営業推進・設計支援業務を通し、お施主様への、プレゼンテーション業務を中心に活動をしておりますが、同時に、社団法人「建築デザイン倶楽部」にも参画し、法人のコンサルティング業務の一貫として、日本全国の住宅会社(研修社員40~80名)へ出向き、表現技術研修で、即戦力として使えるイメージスケッチ表現(鳥瞰・外観・インテリア、等)の実技・実演指導もさせて頂いております。上記にも記しましたが、私は、住宅業界に入る前は、建築・インテリア系のデザインの専門校で、20年あまり、学生への表現実習指導として、教育畑の経験をもち、人前での実習指導には、あまり抵抗はありませんでした。しかし、毎日実際の実践・実務を行っている方々への研修には、大変な緊張が走り、私自身の日頃の作業を通した、時間の切り売りでは済まない事を強く感じた次第です。研修が行われる前の数日間は、一日の会社での自分の仕事が終わった後、夜9時ぐらいから、毎日2時間ほどの秘密訓練をしております。 全てにおいて事前の周到な準備には手を抜いたことがありません。自分でも同じ実習課題を、時間を区切り事前にシミュレーションし、疑似体験の訓練が、より確かな形で相手に伝えるための創意工夫と若干の余裕(笑顔で接する大切さ)も出てきます。

  ▼パース研修風景(住宅メーカーや工務店等での)写真
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また、これらの社員研修のための、指導用テキスト(マニュアルやレジュメ等の作成)や、実技演習用の課題(フォーマット)づくり、その為の参考作品づくりが、日頃の実務で培ったものに対し、より自己研鑽と、日常業務の客観視ができる良いチャンスを得ることができます。60歳を超えた私ですが、社員研修の講師を通して、怠らぬ日々の実務と、日々の実務の積重ねを通して、お施主様へ伝えるための感情移入と表現の創意工夫が、自身の進化のためにも、大きな刺激を与えてもらっていることは確かです。日々初心を忘れず、緊張感ある作業を大切にしていきたいと思います。

①技術に裏付けられたセンスある二世帯注文住宅ならティーアンドダブリュー
②「タイルのもつ魅力」を、建築家とデザイナーのセンスで魅せる注文住宅ならティーアンドダブリュー
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by tandw | 2017-02-24 23:45 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『・念・を入れる』 生誕300年記念 若冲展を観て

生誕300年記念 若冲展
The 300th Anniversary of his Birth: Jakuchu
2016年4月22日(金)~5月24日(火)
生誕300年記念 若冲展のポスター
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http://jakuchu2016.jp/

T&Wで、意匠・デザインを担当しております千北 正(チギタ タダシ)です。                            伊藤若冲(1716-1800)の生誕300年を記念して、初期から晩年までの代表作を紹介させていただきます。若冲が京都・相国寺に寄進した「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」30幅(宮内庁三の丸尚蔵館)が東京で一堂に会すのは初めてです。近年、多くの人々に愛され、日本美術の中でもきら星のごとく輝きを増す若冲の生涯と画業に迫ります。
 
伊藤若冲 ( いとうじゃくちゅう、1716-1800 ) という絵師をご存じでしょうか。
江戸時代,京都・錦小路の青物(野菜)問屋の主人という経済的に恵まれた地位を投げうって,85歳で亡くなるまで絵師として独特の画風により描き続けた奇才です。

近年,「若冲」ブームが起きています。テレビ(NHKスペシャル 若冲)にも取り上げられていることから、その人気のほどがうかがえます。現在インターネットで「若冲」を検索すると100万件以上ヒットしますが,これは相当な数だと思います。
数々の絵に魅せられて、「若冲」びいきになり、作品に触れる機会が増えました。
緻密な観察とおびただしいスケッチの上に制作されたものであることを知り,感動を覚えました。
過去見た若冲作品で印象的なものをいくつか挙げました。

■動植綵絵(30幅) (宮内庁三の丸尚蔵館)
若冲がお世話になった大典和尚の京都・相国寺に奉納し,現在は宮内庁三の丸尚蔵館に所蔵されていますが,おそらくこれらが若冲人気を生んだ最高傑作群だと思います。どのようにして情報を仕入れたのかと思うほどたくさんの動物や植物を,30幅の掛け軸に配置しています。200年以上経った今でも色あせない鮮やかさと精緻な筆使いで,情熱を傾け続けたことがよく伝わる作品群です。
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■樹花鳥獣図屏風 (静岡県立美術館)
「枡目描(ますめがき)」とよばれる四角い点をモザイクのように数万並べた,縦1.3m横3.5mの大きな南国風景屏風です。象や虎,孔雀,鳳凰などの鳥獣を,点だけで描きあげており,素材だけでなく技法そのものも当時としては斬新であったと思われます。ちょうど解像度の低い旧世代の液晶ディスプレイを見るような印象があります。すべて点だけで巨大な屏風に書き込む勇気と根気に驚嘆するばかりです。
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■旭日雄鶏図 (エツコ・ジョウ・プライスコレクション,ロサンゼルス・カウンティ美術館)
戦後,国内において若冲が注目されていなかった時代に,あるきっかけから若冲に魅せられたジョウ・プライスさんが収集したコレクションのひとつです。松の枝で雄壮にときの声をあげる鶏は,若冲十八番の素材でもあります。そして左上方には取って付けたかのような大きな日の丸(旭日)。この深紅の丸が,記憶に残る鮮烈な印象を与えています。

■果蔬涅槃図 (京都国立博物館)
涅槃図は元来,釈迦の入滅の悲しみを描いた仏教画であり,多くの寺院で見かけるものですが,野菜を擬人化した作品は若冲をおいて他に存在しないのではないでしょうか。
横たわるお釈迦様は「大根」。悲しみの中で取り巻く茄子やカボチャなど数多くの「野菜の弟子」たち。大好きな野菜と親しい仏教を結びつけたユニークなアイデアと人柄があらわれたほほえましさ、若冲墨絵の代表作のひとつではないかと思います。若冲の魅力とは,題材に関するユニークなアイデア、空間配置を無視したかのようなダイナミックな構図、精緻で色鮮やかな塗り、そして絵にあふれる若冲のユーモアと優しさに満ちた人柄です。
これらの魅力を生み出している背景には,
やはり優れた「技術」がありました。

■色彩が鮮やかな理由
経済的に裕福な若冲は絵を売って生計を立てる必要がないので,高価な画材を使用できたようです。超高級品の絵の具に変色の少ない高級絹地。後生に残すことを意識し,耐久性の高い素材を使用したことが,
d0178586_129196.jpg200年以上経ったいま我々が感動できる成功の要因です。この他,高価な金泥の上に白絵の具をのせて鸚鵡や鶏の鮮やかな白を出していること,漆を用いて鳥や魚の目を描いていることなど,高価な材料を的確に細やかに使用するで,全体として鮮やかな仕上がりになっているそうです。
良い作品のためには材料を吟味することが重要と実感しました。

■独自の技法
当時の絵画教室である狩野派から教えを受けたそうですが,制約の多い流派のままであればこのような独特の画風にはならなかった。若冲は狩野派の弟子ではなかったので,自由に工夫ができたそうです。
ユニークな技法としては以下のとおりです。
・良質な絵の具を薄く塗る・・・鮮やかな色彩を生む
・枡目描(ますめがき)・・・約1cm四方の点による表現技法
・筋目描(すじめがき)・・・にじみを利用した重ね描きによる葉脈や鱗などの筋の表現
・裏彩色(うらざいしき)・・・絹素地の裏からも彩色することにより,表側の色がやわらかく深くなる
後世に残る作品のためには、オリジナル「技術」は不可欠ということでしょう。

■たゆまぬ努力と徹底した根性
若冲の画風は「旦那芸の極致」だそうです。当時隆盛の狩野派や琳派のプロの絵師と異なり,経済的・時間的・技法的に自由ですから,道楽で絵を描いてもよさそうなものですが,何故か徹底して技術を磨きあげています。
たとえば裏彩色などは,とても手間のかかる手法で,当時の絵師たちには到底真似のできない芸当だったようです。若冲が得意とする鶏の描写も,自宅の庭に鶏を飼い,徹底した写生によるものです。画家であれば当然のデッサンも,プロではないにもかかわらず若冲は数多く残しています。
絵画のセンスだけではない,地道な努力が独特の技術を開花させたと思われます。

これほどまでに絵画の世界に深く惹かれた若冲は、「純粋に、自分にとっておもしろい絵を描こうとした、世界美術史でも希な例」です。
決して無名ではなく、当時の紳士録にも円山応挙や与謝蕪村などと並んで登場する有名人「トップランナー」でした。しかし本人としては,名声ではなく理解者が欲しかったようで、ある寺で「本当の自分を理解してくれるのは200年後」と言ったそうです。若冲ブームに火をつけた狩野さんが、まさに200年後の理解者のひとりであったのかもしれません。

若冲を見ていると、時に歴史に埋もれながらもそのしっかりとした実力が、いつの時代でも共感者を獲得してきたように思えます。
住宅の設計・デザインに例えるなら、有名なブランドの陰で、まだまだ知名度の低い弊社住宅作品を理解していただけるかどうかは設計力・デザイン力・技術力の実力にかかっている、という意味で若冲作品と似ているような気がしてなりません。
デザインに携わる者として、設計・デザインが30年後、いや100年後まで生き残るとしたら、たいへん名誉なことと思います。若冲のようにひとつの点や線に集中して作品を仕上げるのと同様に、私自身も「鉛筆一本の線」にも神経を注いでデザインしていきたいと思います。

「念を入れる」。若冲にはピッタリの表現と思います。
私も常々、意匠・デザインに「念を入れる」ことを自覚しています。
もし、T&Wの住宅は「何か違う」と感じていただく機会がありましたら・・・それは「念」のせいかもしれません。


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by tandw | 2016-04-27 23:30 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『稀代の巨匠・建築家アントニ・ガウディが残したもの』

     スペインの建築「サグラダ・ファミリア」(聖家族教会)が着工から144年で完成へ!!
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              ※アントニ・ガウディ(1878年)(写真:ウィキペディアから)

スペイン・カタルーニャ出身の建築家アントニ・ガウディ(1852-1926)が手掛けた未完成の巨大教会「サグラダ・ファミリア」(聖家族教会:カトリック教会)。 この世界遺産は以前、完成までに300年くらいはかかると言われていました。 ところが、現在では2026年の完成が見込まれており、1882年の着工から144年で完成するといわれています。この「工期半減」の裏には、3DプリンターやCNC(コンピューター数値制御)の石材加工機といった最先端IT(情報技術)の活躍があっての事です。


T&Wで意匠・デザイン(チーフデザイナー)を担当しております、千北正(チギタ タダシ)です。
今回ブログ更新に何を「テーマ」にしようか思いを巡らしている時に、自宅近くのコンビニで見かけた本が、きっかけとなりました。購入した本は『Casa BRUTUS特別編集 ガウディと井上雄彦 (マガジンハウスムック CASA BRUTUS)』の一冊です。

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※Casa BRUTUS特別編集 ガウディと井上雄彦 (マガジンハウスムック CASA BRUTUS)より

私は、40年前の大学時代から、アントニ・ガウディの作品には、強く興味を抱いておりました。彼の想像力と造形力、それを支える、設計施工(構造)技術力には、目を見張るものがあります。そして、彼は、パトロンにも恵まれたラッキーな建築家でした。

私は、26年前(1989年)にデザイン学校で教鞭をとっていた時代、夏の教員研修旅行で、名古屋市で開催された「世界デザイン博覧会」に行く機会を得ました。名古屋城天守閣を舞台に、ガウディの展覧会「ガウディの城」で、原寸大の構造シミュレーション模型や建築模型、家具等々に遭遇しました。

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※アントニ・ガウディが1898~1900年46~48歳の時期に設計したCasa Calvetの為にデザインしたインテリアの名著1000chairにも収録されている代表作的椅子Carved chair for the Casa Calvetです。


そこであらためて、「サグラダ・ファミリア」がいまだに建築中であることを、再認識したことを思い出します。当時1882年の建築着工から既に100年以上が経過しており、「完成まで200年以上はかかる」といわれていました。・・・・私が生きている間には、完成はしないものと諦めたのを覚えています。ところが現在、サグラダ・ファミリアの完成予定は、12年後の2026年と大幅に前倒しされているという話を知りました。私が生きている間に完成した姿を見られそうな気配になってきたのです。

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          ※急ピッチで建設が進むサグラダ・ファミリア。「生誕のファサード」側より

この予定が現実のものになれば、サグラダ・ファミリアは約144年の工期で完成する予定です。1980年代に見込まれていた300年という建設期間は、この30年間で半減することになります。図面では表現しきれなかったこの建築の設計・施工に、「3Dソフトウエア」や「CNC加工機」が使えるようになったことも、「150年以上の工期半減」の大きな力になった事を知りました。

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          ※コンピューター制御による石加工機(資料:サグラダ・ファミリア地下博物館)

以前は御用達の石工職人がコツコツと手作業で作り上げてという事を聞いていましたが、時代は変わって石の加工はコンピューター制御の石材加工機で行って、構造部材には石積みの構造ではなく鉄筋コンクリートが多用されるようになりました。日本の在来の木構造部分が棟梁の手刻みではなくプレカットになったのと同じ時代の流れを感じます。

■逆さ吊り実験で構造解析
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※逆さ吊り実験の再現模型。重りに惑わされずワイヤの形を見てみると建物の柱が上下逆さまになっているのが分かります。「写真:家入 龍太(建設ITジャーナリスト)」


1882年に建設が始まったサグラダ・ファミリアは、直線、直角、水平がほとんどない外観に数多くの彫刻が網羅され、建物と一体化されています。 BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング:コンピューター内にバーチャルな建物を構築し、その情報を設計・施工・管理など全プロセスで活用する手法)も、CNCの工作機械もなかった19世紀から、 よくぞこのような複雑な建物をつくってきたものだと、巨匠「アントニオ・ガウディ」をはじめ、建設プロジェクトの関係者には敬意を払いたい気持ちになります。
今から、26年前には、数本の塔があるだけでしたが、最近では急ピッチに建設が進み、2010年には大空間を持つ礼拝所が公開されました。途中から枝分かれして天井に伸びる複雑な柱が林立した空間は、圧巻です。

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※[左]2010年から公開されている礼拝所の内部 「写真:家入 龍太(建設ITジャーナリスト)」
※[右]途中で枝分かれして天井に伸びる樹木のような柱 「写真:家入 龍太(建設ITジャーナリスト)」

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※サグラダ・ファミリア聖堂の外観(1950)と内観(1949)の鉛筆スケッチ
ジュアン・マタマラ(ガウディが建築家になる前から仕事を共にした仲間)の鉛筆スケッチ。カタルーニャ工科大学バルセロナ建築学部ガウディ記念講座、バルセロナ©Càtedra Gaudí

このように、12年後の完成を契機に(冥途の土産に・・・?)
「ガウディ作品探訪」と題して、スペイン・バルセロナをスケッチBook片手に、旅行を企んでおります。
この世に生きていればですが。・・・(*´∇`*)・・・




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by tandw | 2015-08-26 16:27 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『鉛筆のチカラ』・『手わざのコダワリ』

今年初のブログを更新させて頂くのは、T&Wで意匠・デザインを担当しております、チーフデザイナーの千北 正(チギタ タダシ)です。 本年も、どうぞ宜しくお願い致します。
 年始の仕事始めの週末から、風邪をこじらし、気管支炎となり、昨年末更新予定が、今年遅れての投稿になってしまい申し訳ありません。日頃の健康管理不行き届きで、お恥ずかしい次第です。

昨年、年の瀬が押し迫って、我社で、設計・施工させて頂きました、K・H様邸を幸いにも、我社のプロデューサーの暮石さんのはからいで、インテリアコーディネーターの百瀬さんと同行訪問させて頂くことが出来、ラッキーな一日となりました。
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施主であられるご夫婦は、共に工芸作家で、個展(「木成り」展)にご招待を頂き、制作作品の温和さと、精緻さを兼ね備えた作品に魅了された次第です。
d0178586_23523623.jpg主に、木や漆を素材として、家具や雑器を木地から製作。また、住空間・公共空間の金箔工事や漆を施した玄関扉などの内装工事も多く手がけられており、ご夫婦は、『スタジオ温』をユニットで主宰されております。

ご夫婦の作品を通して、今から40数年前に、大学時代の美術・デザイン史や建築史の授業で知った、著書「ラディカル・デザインの思想」でも馴染み深い、英国の思想家で詩人の「ウィリアム・モリス」や、著書「日本美の再発見」でも有名なドイツの建築家(1933年に来日し、約3年半日本に滞在)「ブルーノ・タウト」、そして、日本民藝運動の父「柳 宗悦」までも思い出し、ご夫婦の創作活動は、建築工芸家と言わせて頂いても過言ではない印象を強く享けた次第です。
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今回、K・H様邸を設計した、T&W設計顧問で建築家の小畑先生野澤先生、そして、インテリアコーディネーターの百瀬さんはもちろんですが、暮石さんの総合プロデュースと、工藝作家のK・H様ご夫婦の『手わざのコダワリ』とのコラボレーションなしには完成しえなかったお住いです。
特に内装の仕様や、建具類等は得意技が活かされ、必見です。
 特に一階の接客応接室の土間スペースと、つづきの和室の建具は、手漉き和紙(東京松屋)に「木版手摺」を施したものや、版木に当てて凹凸文様を打ち出した、「金唐革紙」が、自然光によりエンボス加工表面に品格ある優しい浮彫感を与え、時を超えた普遍的優美しさが、スリットの開口部からさしこむ、やわらかな光で、空間にしっとりとした陰翳との共演を奏でています。
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ここで、自画自賛になってしまいますが、ご訪問の際、ご夫婦からT&Wへこころ動かされたのは、ご提案(2案)の際、私が日頃愛用の鉛筆(ステッドラー STAEDTLER)で描いた、手描きの外観パースの『鉛筆のチカラ』とお褒めのお言葉を頂き、大変恐縮に思った次第です。
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新しい建築技術と建材等に加え、生活感と経年変化を大切にした仕上げ素材や空間構成、視覚的にもイメージを追想させる、フランスの哲学者ガストン・バシュラールの著書「空間の詩学」の時空間の表現を感じさせる住まいです。そこには、家族代々で使われてきた、照明器具やさりげなく置かれた生活道具(昔のミシンやガスストーブ)等の調度品を巧みに採り入れた感性にも魅了させられます。
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室内空間全体の明るさも、現在の一般住宅からすると、若干暗く感じるかもしれません。
自然光(採光)・人工光(照明)を含め、かつて日本人が生活してきた空間を表現してきた、谷崎純一郎の「陰翳礼賛」の世界感を彷彿させてくれます。1階の和室の応接室を含め、2階のリビング・ダイニングは落ち着いた、気持ちのいい世界へ導いてくれる空間です。2階のリビングから3階への吹き抜け空間にアクセントを与えてある「あらわしの化粧梁」にも古材が生かされ、空間にひと味違う深みと、何か懐かしい思いを与えてくれます。
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尚、今回ご訪問させて頂きましたK・H様邸は、ご許可を頂き、我社T&Wの注文住宅ホームページに施工実例としてより詳しく投稿させて頂きます。見所が満載です。乞うご期待下さい。



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by tandw | 2015-01-15 00:15 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『 山脇 巌 先生 との出会い』~現代に生きる、バウハウス哲学と真のデザイン~

T&Wで意匠・デザインを担当しております、チーフデザイナーの千北 正(チギタ タダシ)です。
住宅のデザインを担当し、手描のスケッチ表現で、お客様にデザイン提案をさせていただいております。
40数年前、日藝:日本大学藝術学部美術学科デザイン科住空間デザイン専攻(現:デザイン学科建築デザインコース)に入学し、コース選択前の1学年の基礎課程でご教授頂いた、山脇 巌 先生(当時:名誉教授)を思い出しました。
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きっかけは、目の前で毎日使っている愛用の筆記用具(万年筆、4色ボールペン、シャープペン)で、バウハウスの影響を強く受けたデザイナーがデザインしたものです。今から48年前に製造発売されましたが、今だかつて、拘りの愛好家が使用し、製造販売されている「レジェンドな商品」です。
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d0178586_2242554.jpg私が、日藝に入学のきっかけとなったのは、入試のために、デッサンの手解きをして頂いた、画家(モダンアートが専門)の吉田先生夫妻でした。当時、1971年に東京国立近代美術館で開催された『バウハウス50年』展の図録を見せて頂いた時でした。この図録は、当時、ドイツに創立された、バウハウス(バウハウスはドイツ語で「建築の家」を意味し、中世の建築職人組合であるバウヒュッテ (Bauhütte, 建築の小屋) という語をグロピウスが現代的にしたものである。)という造形学校(わずか1919年開校から1933年の14年間でナチスの台頭で閉鎖)の世界巡回展で、吉田先生が展示会で購入されたものです。見せて頂くと、カディンスキーの色彩演習、シュミット、クレーの形態論に関する図版と記述を始め、ヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエ、ヘルベルト・バイアー、マックス・ビル、ヨゼフ・アルバース、モホリ=ナギほか、建築、絵画、プロダクト、デザインにまつわる図版をカラー・モノクロで収録。舞台、彫刻、金属、家具の図版も多数収録、バウハウスの多岐に渡る文化、教育についてよく知ることができました。
d0178586_22423521.jpg全てに、芸術と技術が統合されていることです。同時に、全ての芸術活動(建築、舞台美術、ファッション、家具、照明器具、フォトグラフィー、絵画、等々)の垣根が取り払われ、互いの活動がシナジー効果を生み出し、造形教育が、工房教育が中心骨格となり、「バウハウス哲学」が、多彩に花開していることが、当時の稚拙な私にも、図録写真の作品群から感じとられました。
そして、当時、この学校(バウハウスへ留学)で学んだ、山脇 巌 先生がドイツ帰国後、教授として招聘され、日本大学藝術学部で、バウハウス教育のシステムを導入した、日本で創めてのデザイン教育システムと知り、私は、入学しました。そこで、学んだことは、バウハウス教育の継承とも言える、山脇 巌 先生 から出題された基礎課程の演習課題「想像描写」や、ワシリーカンディンスキーの「点・線・面」の色彩・構成理論等の講義が、今も新鮮に思い浮かび、今なお実際仕事でも、デザイン業務に役立っていることが、基礎教育の普遍性を感じさせます。そして、一番大切なことは、山脇 巌先生は、当時、この新しいデザイン教育原理を次のように要約しています。ヨーゼフ・アルバースは『教育の方法は理論的序論から入るのではなくて、まず材料から出発しなければならない』と語った。『 「材料に内在する性質がその用い方を決定する」ということ、…形態の基本法則を理解させるもので…それらの作品についてのディスカッションによって、学生は…もののつかみ方を知るに至』る、と。
 
因みに、『優れた工業デザインが会社にとっても製品にとっても差別化の鍵をにぎる』と信じた今は亡きジョブズは建築家のヴァルター・グロピウスやミース・ファン・デル・ローエが取り組んだバウハウスの『すっきりと機能的なデザイン哲学』をひとつの「スタイル」として信奉していったことが紹介されています。 そして、『会社の経営、製品の設計、広告とすべてをシンプルにするのです。とてもシンプルに。』という提唱から『洗練を突きつめると簡素になる』というアップル初期のモットーへと掲げられていった過程が、描かれています。いま、わたしたちの「暮らし」をあらためて見渡すとたくさんの「品物」とたくさんの「便利」さにかこまれて生きていることを実感することができます。便利さを追求することによって「豊かさ」を得たようにおもいます。しかしその代償としてかけがいのない「なにか」を失った、ともおもうのです。ジョブズがバウハウスのなかに「簡素な真」を見つけたように、わたしたちも現在の「暮らし方」や「建築のつくりかた」を見直して「簡素で暮らしやすいすまい」を実現していかなければならない転換期(とき)に入ったとみなければならないのではないでしょうか。
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by tandw | 2014-06-19 23:07 | 千北 正 | Trackback(6) | Comments(1)

『良きライバルの大切さ』

T&Wでチーフデザイナーをしております千北 正(チギタ タダシ)と申します。9回目のブログ投稿です。
12月7日、大学時代(日本大学藝術学部デザイン学科)の同窓生たちと、東京八重洲の東京駅が見下げられる、東京駅丸の内口前、新商業施設 「KITTE」内にある中華料理店で、同窓会を行いました。

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私は、母校(日藝)の校友会の役員(常任幹事)を肩書に、最近、月に1回ほど集まることが増えてきました。時には、母校の後輩たちの作品プレゼンの講評会にも参加させてもらい、自分自身の勉強にもなり、貴重な体験をさせてもらうこともあります。卒業して、36年が経ちますが、皆それぞれの分野の第一線で活躍しており、自分の旧友としての誇りと、多少の嫉妬心との両面が入り混じった感じも正直あります。未だにライバル意識を持っているのかもしれません。
その中でも、母校の日藝の江古田校舎の教室で勉強した同窓仲間で、一際目立つ良きライバルに、

・世界的建築家で近畿大学工学部建築学科教授の 小川晋一
・日産「ティアナ」でグッドデザイン賞を受賞したチーフデザイナーの
齋藤欣一
・サイエンティフィック・イラストレーターで日本大学藝術学部学部長の
木村政司

等々、他、同窓生で、まだまだ多くのメンバーが第一線で活躍しています。
皆、デザインという分野で実践活動を含め、大学等での教鞭(教授)も兼ねている者も多くいます。
その、旧友であり同窓生たちに会うたびに、自分自身が、わけもわからず、ライバル心に掻き立てられるのです。未だに、ここのところは、自分は負けないという自負心がよみがえります。
デザインは、企画力・計画力、感覚力・表現力、等々が必要ですが、私は学生時代から、感覚力と表現技術力に関しては、だれにも負けないつもりでいました。
その自信は、今でも失せておらず、それを活かせる職場で、今も仕事ができることに感謝しています。
全部オールマイティーに熟すことは出来ませんが、ここの所は負けないという自信が、自分を未だに支える事が出来ていると思います。
仕事を通してやり続ける事が出来る環境にいることに感謝すると同時に、良きライバルがいることに感謝したいと思います。







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by tandw | 2013-12-27 03:46 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

『決して妥協しないこと』

T&Wでチーフデザイナーをしております千北 正(チギタ タダシ)と申します。
今年も教え子から、暑中見舞いのはがきが届きました。毎年の近況報告、嬉しいものです。
一際目立ったのが、現職の前に、私が20年間 東京目黒にある、建築・インテリア・プロダクト系のデザイン学校(ICSカレッジオブアーツ:旧インテリアセンタースクール)で、教師なり立ての頃の教え子照井信三 君からのはがきです。
今は立派な建築家となり、建築設計で、数多くの賞を受賞しており、私の誇りでもあります。
因みに、照井 君が卒業研究「建築家ル・コルビュジェの建築設計における開口部デザインの採光の研究」で校友会賞をとったときは、我が事の様に嬉しかったことを思いだします。
その彼の今年の暑中見舞いのはがきは、昨年104歳で亡くなったブラジルの天才建築家
オスカー・ニーマイヤー設計の教会〈カテドラル・メトロポリターナ〉(1970年竣工)を背にした写真です。
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今回このはがきをもらう前に、私は、書店で月刊カーサ ブルータス8月号 タイトル「死ぬ前に一度は見ておくべき100の建築」を購入し、オモテ表紙・ナカ表紙をかざっている、オスカー・ニーマイヤーの作品を観て、あらためて強い感動を覚えた所でした。
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私も、海外研修で、欧米の有名建築家の作品は、数多く観てきたつもりですが、残念ながら、ブラジルには行ったことがなく、照井 君の暑中見舞いのはがきをみて、若干の悔しさと、羨ましさを感じた次第です。
しかし、天才建築家オスカー・ニーマイヤーの造形力は、何処からきているのでしょうか?
そして、100歳を超えてまで、設計活動を行っていた彼のエネルギーは何処からくるのでしょうか?
すべてに圧巻されます。
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照井 君と、この事について、昨日メールでやり取りをした内容(下部に添付)の末尾に、ニーマイヤーの言葉として、「決して妥協しないこと」と書いてあります。
このことも、一つの回答を教えられたように感じた次第です。

千北先生
大変ごぶさたしております。
メールを頂きありがとうございました。
ブラジルは2回行きましたが、主要都市の目立つ建物はほとんどがニーマイヤーです。
ブラジリアは、タクシーを借り切り1日で回れます。
大聖堂は、大きくもなく小さくもなく、コルビュジェのロンシャンを見たときと同じ印象でした。
ルシオコスタの都市計画以外建物はほとんどがニーマイヤーでした。
53年も前に、交差点を造らず立体交差による道路計画をみて感激いたしました。
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ニーマイヤーの言葉に決して妥協しないことという言葉が有ります。
ほんと、妥協しないのは難しいと感じます。
それではまた。


①技術に裏付けられたセンスある注文住宅ならティーアンドダブリュー
②「タイルのもつ魅力」を、建築家とデザイナーのセンスで魅せる注文住宅ならティーアンドダブリュー
③狭小地でも諦めさせない!技術とセンスで広く魅せる!ティーアンドダブリュー
④狭小地にも地震にもツヨイ!夢の3階建て!ティーアンドダブリュー
⑤耐震性とデザインを。家族の命を守り、育む家に、いま。ティーアンドダブリュー










by tandw | 2013-07-25 02:59 | 千北 正 | Trackback | Comments(0)

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